Re: 第63期本因坊戦 潮騒親父 - 2008/07/10(Thu) 01:18 No.1223
本能寺の変前夜、織田信長は鹿塩利玄と囲碁を楽しんでいたところ「三コウ」と言う滅多に出来ない勝負がつかない不吉な手が出来てしまいました。そして翌日、明智光秀によるクーデターが起きるのでした。しかし明智光秀は信長の首を見つけることは出来ませんでした。信長に日頃可愛がられ「そちは誠に名人なり」と言わせた本因坊算砂は原志摩守宗安に命じ信長の首を炎上する本能寺から持ち出させ、何と富士芝川の西山本門寺の奥のヒイラギの木下に納めたのでした。西山本門寺には「信長公の首塚」があるのです。本因坊と信長、秀吉、家康とは碁を通じて深い係わり合いがあるのです。そうそう「名人」と言う言葉はここから出たそうです。