辻井さんの講演から 投稿者:天城方面隊 投稿日:2011/05/11(Wed) 09:32 No.3498

8日の日曜日に、ライオンズの大会が裾野であって、出席しました。
記念講演で、盲目のピアニスト、辻井伸行さんの母、辻井いつ子さんのお話を聞く機会を得ました。
その概要です。
{明るく、楽しく、あきらめない生き方
―子どもの才能を引き出す法則とは―」
辻井いつ子講師
・フリーアナウンサーとして活躍後、結婚を機に退職。
・出産した。退院して10日後、子どもの目が見えないことを知らされた。
・大変にショックを受け、せめて夢であれば、と思いながら暮らす毎日だった。
・本の読み聞かせくらいしかなかった。
・福沢美和さんの「盲導犬フロックス」エッセイに感動を受け、会う機会を得た。美和さんは、普通のことを行えばいい、日常生活ありのままの事を、と言って励ましてくれた。
・以後、桜を見せに連れて行った。タンポポが咲けば黄色、バナナと同じ色だよ、などと教えてあげた。
・花火にも連れて行った。今、どんな花火が上がったか、実況中継をした。
・どこにでも連れて行った。
・CDも良く聞かせた。生後8か月目だと思うが音楽の才能を感じた。ショパンの曲「英雄ポロネーズ」に反応した。これは、曲ももちろんだが、演奏者に反応していた。良く聞くのでCDが傷になってしまい。同じ曲のCDを買ってきたが反応しない。変だなと思って、演奏者も同じ以前のCDを買い直したところ、興味を示すように反応した。
・おもちゃのピアノを買った。
・良く歌を口ずさんでいたが、2歳3カ月頃に、おもちゃのピアノで「ジングルベル」を弾いた。右手でメロディ左手は伴奏していた。
・嫌いな音を聞くと、怖くて泣くようになった。掃除機の音、人混みの騒音などが嫌いだった。
・育児も、音楽によって救われた感じ。私の鼻歌などもピアノで弾いた。
・ついにおもちゃのピアノは壊れた。主人の側で以前使っていたピアノを調律して、子どもに与えた。
・何か一つ好きなものがあって良いのでは。ピアニストにはこだわらなかった。
・私はピアノが全然だめなので、ピアノを弾ける人を探した。それも美容院に通う人から頼んで探してもらった。そんな経過から、州1回演奏を聞くということでお願いした。
・子どもは、抱っこされながら、ピアノを弾くようになった。
・5歳のころには、曲が弾けるようになった。
・ピアニストになりたい、本人も感じる転機となったのは、サイパンでの出来事だった。ショッピングセンターで、ピアノの自動演奏を行っていた。それを見て、「自分も演奏してみたい」と言って、関係者にお願いした。自動演奏を解除して、生演奏に。ショッピングモールに人が集まり、終了後は「ブラボー」「ブラボー」の掛け声。素晴らしい、ピアノを弾いてこんなに喜んでもらえた。ピアノが明るい方向に導いてくれる。それが原点だった。運命が良い方向に変わった出来事だった。
・ピアノの先生が変わった。東京音楽大の川上さんだった。12年この先生にお世話になった。愛情と情熱をかたむけてくれた。
・小1春からレッスンに入る。盲導関係コンクールがあり、優勝したことも大きな励みに。
・学校の宿題はいやいや行っていた。ピアノは率先して練習。その甲斐あって優勝、大きな自信にもなる。
・小学校5年の時、ピアノ一本でも良いのかと思わせる出来事が。一般の部のコンクールが行われた。小5から中2までのコンクールでも優勝した。
・子どもは親からほめてもらいたいという気持ちを、常に持っている。
否定的な言葉は使わない。
上から目線でものを言わない。
チャレンジしたいことに、すべて後押しした。
スイミングスクール(水泳大好き)スキー、山登り、乗馬など、気分転換になっていった。
ピアノ以外で、感情を育てることも大切と感じた。
・出会いによってピアニストになっていった
中1の時世界の扉が開いた。
・指揮官佐渡裕さんとの出会い。
とても忙しい人なので、テープを送った。
そしたら、そのテープを聞いてくれた。
生で演奏が聴きたいとの返事が来た。
演奏会場の楽屋で、ピアノを弾いた。
終わると抱きしめてくれた。そのあたたかさに感動。
いつか演奏会に連れて行きたい。
1か月後に実現。
・パリ公演で、モーツアルト・コンチェルトを弾く。
プラスになり、コンクールを勝ち抜いた。
小さいころの夢の話だった。
・高2でショパンコンクールに出場。
ファイナリストの一歩手前までいった。
本人はどうしてもファイナリストになりたかった。
この時は、実力が備わっていなかったことを関係者とともに実感。
・4年後アメリカのコンクールで、6名のファイナリストに残る
その時は、通訳がついていたが、感動して通訳にならないほどだった。
誰もが、通訳ではなく母親と思っていた。
・1位が2人いることを知らなかった。
先に中国の人が1位と紹介された。
その後、会場が妙に騒がしくなった。
最後にコールされたのは「辻井」
初めてうれし泣きをした。
通訳も泣いていた。
20歳の記念の優勝だった。
・これは、神様からのご褒美だった。
マイナスからの出発。
才能を信じたが、難しいことだった。
親が信じなくて、誰が信じてあげるのか。
・日本中の人が喜んでくれた。
20年後の素晴らしい出来事だった。
今は親離れ・子離れをしている
決してあきらめてはいけない。
その日一日を大切に
・とりあえず、今日一日だけは明るく生きよう。
Re: 辻井さんの講演から かれちち - 2011/05/12(Thu) 07:59 No.3499
おはようございます。辻井さんのお話大変な内容ですがいいお話ですね。
講演を聞かれて天城方面隊さんが感動された思いが私たちにも伝わってきます。
Re: 辻井さんの講演から 天城方面隊 - 2011/05/12(Thu) 10:06 No.3500
コメント、ありがとうございます。
辻井さんは、ゼロからでなく、マイナスからの出発だったそうです
が、今では親は子離れ・子は親離れができて、希望を失わなかったこ
とが本当に良かったということに、聞いている人たちは、感動しまし
た。今、地震で元気のない日本を奮い立たせるような話にも聞こえる
ほどでした。
今夜会合があって、参加出来なかったメンバーに、聞いてきた話の
報告をします。